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2017年7月22日(土)15:00~ ミューザ川崎シンフォニーホール ジョナサン・ノット+東京交響楽団 ♪シェーンベルク/浄められた夜 ♪ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」 10年愛を誓い合ったノット+東響でこの2曲、食指がのびないわけがない。ただ、このコンビの個性が如実に表れた結果、休憩を挟んだ前半と後半で印象が異なる演奏会となった。 浄夜は、東響弦セクションの魅力が全開し濃密な30分となった。もとより、東響の弦の音色はウィーンの音楽に適していると思っている。「在京楽団で最もドイツ的なサウンド」と評する音楽評論家もいるぐらいだ。ふっくらとボリュームがあり、いわく言い難いのだけれど、ドイツやオーストリアの楽団に似たタッチの音色だと感じる。 そのような音色をもって、低弦をセンターに対向配置し、セクション間の対話が手に取るようにわかる親密な演奏となった。ノットさんと東響の弦セクションは、極めて高い協調性でベクトルの合致した音楽を生み出していく。マエストロは、おそらく緻密かつ理知的にリハーサルを重ねて、スコアをクリアにしていったと思われるのだけれど、本番の舞台では全身からロマンが溢れ出していた。聴覚だけではなく視覚の点でも、作品世界の真髄を再現することに成功していたと思った。楽員の皆さんも呼応して集中力が高く、普段東響であまりソロを弾かない方々も見事なソロを奏で、数年来の楽団の充実を証明していた。 ところが、という接続詞を用いるのは適切ではないかもしれないけれど、後半の春祭は、少なくとも私が理想とするタイプではなかった。おそらくノットさんはものすごく真面目でピュアなのだ。ストラヴィンスキーのスコアや初演背景、その後の演奏史等々を紐解き、統合した結果として、あのような劇的で力強い春祭を表現しようとしたのだと思う。ただ、ストラヴィンスキーの作品の多くは、どこか引いた視線や余裕をもって演奏して欲しいと思っている。それほど生真面目な作曲家ではないと思うのだ。 この日の春祭は、文字通り大地を揺るがし生贄を祭る狂乱の体を志向しており、またそれを全身全霊で表現するものだから、かなりインパクトの強い荒ぶる演奏となった。それは、現在の東響の特性に合致していたとは思えなかった。何度も引き合いに出すが、ファウストとあのように滋味あふれ豊かなベートーヴェンを奏でたオーケストラである。もう少し違うベクトルで春祭を料理する余地もあったのではないだろうか。いや、これはこれで大熱演で客席は熱狂したのだから、演奏会は間違いなく成功だし演奏としてもアリだとは思うのだけれど…。
by mamebito
| 2018-01-11 01:05
| コンサートレビュー
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