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2010年9月5日(日)16:00~ 長野県松本文化会館
小澤征爾、下野竜也+サイトウ・キネン・オーケストラ 尺八:三橋貴風 琵琶:田中之雄 ♪チャイコフスキー/弦楽セレナード~第1楽章 ♪武満徹/ノヴェンバー・ステップス ♪ベルリオーズ/幻想交響曲 開場前のホワイエからして、聴衆の期待感に加えてメディアと著名人の姿、只ならぬ雰囲気が支配する。それは小澤さんの復帰公演だからに違いないが、同時に巨匠の代役によって新たなスターが誕生するという、欧米で繰り返されてきた世代交代劇の可能性を秘めた公演にも違いなかった。 果たして、マエストロ下野は持ち前の丁寧かつ実直な音楽性でご自身の存在を印象付けたと思う。これを機に著名楽団から依頼が殺到するような派手なパフォーマンスではなく、楽員と聴衆の胸にしっかりと刻まれるようなかたちで。 幻想は正統派の堂々たる創り。強力な弦が支えるピラミッドバランスに、要所で金管打楽器が美感をたたえたパンチを効かす。他方でフランスの香りや妄想狂乱の面白みは乏しく、その点はこの作品への聴衆の好み次第で評価が分かれたかもしれない。 全体に下野さんらしい落ち着いたテンポに加え、第1楽章と第4楽章の反復を実施したので60分近い大熱演となった。第1楽章第2楽章は緊張もあってか慎重に歌い込む。これが第3楽章ではしっとりと美しい叙情に結びつく。第4楽章は重厚なテンポの中でVaの分散和音を悪魔的に躍動させるなど、芝居っ気を盛り込んで聴かせる。第5楽章めくるめく劇展開の鮮烈な表出は練達集団の面目躍如、これをナチュラルに構築した上に十分なパッションを込めて聴かせる下野さんの手腕は見事としか言いようがない。 一度客演した楽団とは言え、下野さんにとってご恩尽きない先輩やソリストが勢揃いしているだろうサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)のクライマックス公演、そんなプレッシャーを力にかえていつにも増して汗だく全力で振り抜いた姿にはまったく感服だった。団員さんはホッとした笑顔と足踏みで、会場は万雷の拍手でマエストロの大健闘を称えた。 幻想以上に素晴らしかったのが武満。こういう作品の緻密で自然な創り方は、邦人指揮者の中で抜きん出ているのではと思う。第5段の適度な色彩をたたえた絶妙のバランスとダイナミックな構築の妙、第11段など和楽器と繋がっているかのようなコントロールがセンス抜群。楽団側の作品理解の深さもあるのだろう、この完成度と深遠な表現はなかなか聴けない演奏だったと思う。和楽器のお二方は、初演者(横山氏&鶴田氏)の録音に慣れた耳には音色の深みや間合いの用い方にもう少し流れが欲しくも感じられたが、第10段カデンツァなど互いに目を閉じて交わされる音色・息・打撃音の交感が瞑想的で引き込まれた。 ところで、小澤さんもSKOも生演奏を聴くのは2001年正月の東京文化マラSym9以来。近年のBPO客演やSKOの録音を聴くに、小澤さんには変化を感じていた。朗らかで包容力豊かな音楽に加えて、強靭さや突き詰めるような表現が際立ってきたのではないかと。 弦セレ第1楽章の、しかも再現部をカットした6分程度の短縮版ではその本領に浸れたとは言い難い。SKOにしては合奏も万全ではなかった。しかし、舞台上の尋常ならざる空気には飲み込まれるしかなかった。この6分に最善を尽くそうという皆さんの想いが音に乗る。小澤さん入魂のタクトからは、身を削る覚悟のような気迫と再び仲間と音楽できる喜びが溢れていて、楽音とともに胸を打たれずにはいられなかった。 Andanteは心尽くしの音色で感極まる直前まで歌いこむ。第2主題のチャーミングな表情付けは、あまりの優しさ温かさにホロリと来そうになる。音楽ってなんだろう、精度や完成度も大切だけれど、多少ルーズな方が引き出しやすい感興というのもやはりあるのかもしれない。小澤さんは、そんな“魔法のさじ加減”を身体に備えた稀有のマエストロに違いない。今まで大きな想い入れは抱いてこなかったけれど、この日の心遣いのスピーチ・語りかけ・笑顔そして音楽には強く惹かれずにいられなかった。 幻想のカーテンコールで楽員がはけた後、1F客席後方で鑑賞していた小澤さんへ拍手が集まると、楽員さんの一部も舞台へ再登場。客席と舞台の双方へ向けられた拍手は、舞台袖の下野さんに小澤さんが駆け寄り抱擁する温かいシーンで1つになった。ちょっとこそばゆいけれど、最後まで小澤さんの包容力が皆を幸せにしてくれるのがSKFなのかもしれない。1年後“バッチリ”全快宣言をしたマエストロ。フェスティヴァルの後継者問題が気になりつつも、来年こそオザワ+サイトウ・キネンの本領を聴きに来たい。
by mamebito
| 2010-09-08 00:49
| コンサートレビュー
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Comments(4)
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TM
at 2010-09-08 01:25
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小澤さんはまだ全快といえるほどお元気ではないようですね。
チャイコ弦セレを除く2作品を、12月にカーネギーで聴く予定です。私にとって初サイトウ・キネン。ぜひ小澤さんの完全復帰を期待したいところです。未体験の下野さんを聴いてみたい気も(かなり)しますが…(笑) 幻想の日は小澤さん、ブリテンの戦争レクイエムの日は下野さん、なんていう組み合わせもよさげ…(笑)
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mamebito at 2010-09-12 00:50
TMさん、お返事遅くなりました、すみません。
12月のNYには元気にフル・プログラム振れると良いですね、小澤さん。でも確かに下野さんとの振り分けなんて魅力的かも。松本だけでは下野さんの知名度がグローバルに広がる可能性は低いですから、NYで成功したらそれこそポストラトル世代の指揮者として注目を集めるのでは。 今夜(10日)、日本では上で書いた小澤さんの弦セレがBSハイビジョンで流れました。地上デジタルを入れていない私は残念ながらBSアナログに下りてくるまでお預けです(苦笑)
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スノークの女の子
at 2010-09-12 15:56
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猛暑の中、松本まではるばる行かれた甲斐がありましたね。
想像ですが、客席で涙が止まらなかった方もいらしたのではないかと思います。周囲に心配を掛けまいと笑顔で冗談めかしてお詫びする小澤さんはTVの画面越しに観ていてもぐっときましたから…。 指揮者のイメージで言えば小澤さんと下野さんは対照的です。下野さんはどんなお気持ちで今回のコンサートに臨んだのか、伺いたいものです。下野さんにとってもかけがえの無いご経験となったでしょうね。自分に置き換えてみるだけで潰れそうです(笑) オザワ+サイトウキネン、来年また小澤さんの笑顔が見たいですね。
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mamebito at 2010-09-12 23:01
スノークのお嬢さんこんばんは。松本はこれほど印象深い機会になるとは思いませんでした。暑かったけれど、行った甲斐がありました。
弦セレのあと、実際に目頭をハンカチで抑えている方を何人か見かけました。小澤征爾という人に思い入れの強い方であればなおさら感慨深い公演だったのではないかと思いますよ。
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